痛い中二病の記録

読んで味噌。

独りよがりな自分へ〜自称ライターへの恨みをこめて〜

1人で生きてきたつもりはないが、どうやら結果的にひとりよがりな生き方をしていたらしい。自分でも気づかなかった。そんなことを自称小説家に言われて、「確かにそうかも」と思いつつも腹ただしい気分になった。

今日も仕事で他の人たちがコミュニケーションをとっている中で自分は「どうせたいして仲良くなれないのに会話なんかしても時間の無駄。この時間はぼーっとしてるか、手帳を開いてなにか考えていた方がいいのかも」と思っていた。それはそもそも悪いこととも思っていなかった。

「ぼっち」「友達がいない(少ない)」「孤独」「独りよがり」この言葉の違いはいったいなんなんだろうと思ってしまう。「孤独」は自分の能力を高めるために必要なことだと思っていた。友達と遊んで時間を潰すよりも本を読んだり、面白い話を考えているほうがいいと考えていた。「ぼっち」は人に無理矢理合わせて仲良くなるよりもひとりでいたほうがいいと思っていた。「友達がいない」のは人を選んで、簡単には人を友達にはしない信用のおけることだと思っていた。「独りよがり」と言われてしまうとどうにも気持ち悪い感覚を覚えたのだった。実際それほど人と話したいわけでもない。そう思うのはお笑いとかやってる人間ぐらいしか仲良くなれなかったから、普通に仕事してる人とは仲良くできねえしつまんねえだろうな判断していたからだ。

 

「独りよがり」について思うのは、誰かが独りよがりに見えた時に見えた本人も独りよがりも本人にもそこには大きな壁がある。自分も壁を作っているし、相手も壁も作っている。僕は顔が怖いから恐ろしいほど話しかけられない。ここには壁があるんだろう。

「こいつ怖そうだな」「こいつと話しても仲良くなれないよな」この壁がある。どっちも人の表面で判断していて中身を見ていない。でもしょうがないよな。人の中身なんてそうそう分かり合えるもんじゃないんだし。だから分かり合えた少ない人を大事にしていけばいいって話。

 

それにしても自称ライターは本当に腹が立った。なんとかかんとかの作家さんのアシスタントととかもだ。やつらは会話を始める前から自分は上の人間だと勘違いして大上段から物を申してくる。それでいてこちらの言い分がどれだけ正当なものであろうと聞きやしない。やつらは大物作家のアシスタントという肩書きを利用して普通人をきりつけてきやがる。騙されてはいけない!やつらに力や能力なんてありはしない。そもそも物を書くなんて徹頭徹尾ごみみたいなもんだ。無駄に言葉の使い方や表現を変えたところでそこには文字の羅列があるだけだ。でもそれには価値があるとは思う。

気にくわないのは作家のとりまきや肩書きだけの連中だ、他人のふんどしでここまで露骨に相撲をとってくるとは思わなかった。「うーんとねえ、私は〇〇さんのアシスタントをしているんだけど…言わせてもらうねえ…あfjlアファlskfj;あsfじゃ;sljfあ;」と言ってきやがる。物を書くのに大物も小物もあるかよ。書きたいから書く。不愉快な話だ。プロってのは気にくわねえなおい。プロになって見返してやりってよちくしょう。