痛い中二病の記憶

24歳フリーター職歴証券会社。読んで味噌。

大阪の警察官に説得される

野宿が終わりを告げた日。6月13日。その日の夕方も布施駅の通りのところで寝ようかと思っていた。自転車が運悪くパンクしていたのもあって気が弱くなっていたんだと思う、近くにあった交番に入って「どこか安くで寝れるところないですか?」と尋ねた。そしたら若い警察官と話し込むことになってしまった。自分の状況を伝えるとやはり帰るしかないということを思い知らされた。そりゃそうだ、だって住所ないんだもん。住所ないってことは汚れってことだ。この「汚れ」というフレーズを警官が入った時に彼と私の心は通った。とにかく通ったのだ。西成のどや街でホームレスしれつ連中は生活保護受けてて、意外とお金を持ってることを知った。そう、あの街でお金を持っていなかったのは俺だけなのだ。悲しいような裏切られたような。私はその時自分の足場ががらがらと崩れさすのを感じた。もう誰も信じない、あいつがこいつで、こいつがあいつで。刑務所で寝ようとして軽犯罪を犯しても住所がなければ前科者として扱われるだけで外に追いやられるようだ。冷静に警察官に諭されて少し考え直した。普段人の話は聞かない自分だが彼の話は響いたのだ。彼がきちんと自分に言葉を伝えようとしているのが理解できたのだろう。何度か頭の中で戻ることと居座ることを反芻してみる。限界だろう…そうして私は野宿に終わりを告げた。さようなら野宿。さようなら大阪。その時見た月の光は寂しかった、超寂しかった。