痛い中二病の記憶

24歳フリーター職歴証券会社。読んで味噌。

(閲覧注意)頭が痛くなる 死が見える

自分の生まれを振り返ってみても本当に最低だったと思う。さんざん努力してきたけれど、心底自分の育ちの悪さと環境を恨んだ。

 

いろんな家庭環境があると思うけれど、多分うちの家の家庭環境は日本で下から100番以内ではいるであろう最低さだった。

家に帰ると父に因縁をつけられて取っ組み合いの喧嘩になる。食事時に帰れば、姉と父がグルになって僕の悪口を言ってくる。僕は中学生以来家族とご飯を食べるのをやめていた。ひとりだけご飯をお盆にのせて2階の自分の部屋で漫画を読みながら食べていた。なかでも辛かったのは父が僕の部屋に殴り込みに来ることだった。

頼むから来ないでくれ、離婚してくれと何度も願った。こいつがいなかったらと何度思ったことか。毎日毎日その繰り返し。これを文字にしてみるとそれだけのことだけれど、この地獄が想像できるだろうか?毎日毎日憎しみの対象が自分の家にいる。

 

僕は否定され続けて生きてきたんだ。今振り返ってみて思う。誰かから少しでも否定されると極端に拒否反応を示す。家族との集団生活を自分で拒んだから、会社から家族的なものを要求されると体がぞっとする。

 

母の口癖は「他のうちにはもっとひどい家がある」だった。

俺の家より最低な家庭環境なんてなかった。自分が一生をかけて抵抗していかなければならないのは連中だった。今だってそうだ。新卒で入った会社をやめる息子に対して心配なんかしちゃいない、会社に迷惑かけるなの一点張りだ、挙げ句の果てに「おまえなんかがその会社でやれるか」と言われる始末。

 

これからどう生きるかはまったくわからない、でも環境というのは本当に大切だということを知っている。僕は大学に入って大阪に来て初めて生きている実感が持てる経験ができた。自分みたいに家庭や居場所で悩んでいる人がいたらその悩みの手助けがしたい。仕事ってそういうもんだと思う。