痛い中二病の記録

読んで味噌。

東京脱出〜東京に嫌気がさし横須賀に行った話〜

僕は閉塞状態にあった。お金もないし、仕事もないし、おもしろいこともない。さあ、これからどうしよう?という時に気分がずっと不調気味で死にそうになっていた。いい加減、東京の安アパートのクオリティーにはうんざりしていた。特に夏場は最悪だ。東京に住んでしばらく経つけど、もういい加減いいかなという気はしていた。人が多いという最大のメリットにして最大のデメリット。人がおおくてうんざりする。スーパーでは人はごちゃごちゃしてうっとおしいし、電車はこむし、これはめんどくさくて仕方なかった。

なんでもいいから東京を出る理由が欲しかった僕は、横須賀に行くという理由を見つけた。別に変な意図はない、ただそこでスタンプラリーが開催されていただけだ。ただ遠い。めんどくさい。そもそも行く理由がない。でも行くことにした。ああだこうだ7回ぐらい悩んだ末に行くことにした。

 

そうと決まれば東京脱出だ。そもそもこれが面倒くさい。東京の北のほうにいるから、神奈川方面はけっこー遠くなるのだ。埼玉にならすぐに出れるけど、その埼玉にもいい加減あきあきしてきた。たしかに「彩の国」というぐらいだから緑は豊かだけど、そろそろ海とか青いものが見たいのだ。そう僕は青いイメージのものが好きなのだ。東京は灰色、埼玉は緑、横浜は青のイメージがなくもない。

そんなことを今振り返りながらも、当時の自分はペダルをこぎ進めて東京を抜けで妖刀する。そもそも東京のゴミの山積みにされた光景を見て嫌気がするのだ。「そんなに文句を言うなら東京を出ていけよ!おまえ」と言われそうだが、「東京か大阪ぐらいしか行くところがないんだよ!馬鹿野郎!」と返させていただく。

そうこうしていうるうちに東京駅のあたりを過ぎて、田町、三田、品川という僕の大嫌いな3大汚い駅を通り過ぎた。

その時は来た。とうとう見えてきた。我らの希望、多摩川だ…。

「ああ、俺は神奈川に来たんだな…」

そう思ったのもつかの間、川崎という東京の親戚みたいな街が僕を待ち構えていた。あんまり東京との違いはわからなかった。でも原住民にとっては紛れもなく神奈川県川崎市なんだろうな、僕にとっては東京都川崎市としかおもえないけど。

神奈川は鶴見にきた。15号線をずっと南下してきている。鶴見と聞くと「大阪の鶴見やろ、ぼけ!」と大阪弁で言いたくなるのは僕だけだろうか。神奈川の鶴見にはパッとするようなものがなかった。大阪の鶴見はでっかいショッピンブモールがあるという関西、関東ライバル意識を持たずにはいられない。

あああ、ついた。横浜だ。私たちの聖地、横浜。人類の終着点、横浜。

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神奈川公園という公園の水道の水で顔を洗ってみた。きれいだった。これはまさしく聖水だ!という錯覚を感じた。

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横浜のサミットに行ってみた。とりのからあげみたいのは僕の近くのサミットでは取り扱ってはいなくてとても美味しかった。これはいい。

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サミットのイートインコーナーでだらだらする。隣に麻雀のゲームをしているおっさんがいた。そんなだらだらとした日常は私を癒した。そこからは車を使って横須賀を目指す。国道16号線という愛と憎しみの路線を使う。ひたすら車を進める。そして海軍の街が来た。横須賀だ。なんてことはない、横須賀というネームバリューにハードルを上げすぎたせいか、たいして感動しなかった。ただしヴェルニー公園とかいう公園は海もきれいに見えてよかった。そこから何を見迷ったか。逗子市に向かうことにした。どうやらここは別荘地として有名であるということは最近になって知ったのであった。逗子についた。とにかく山と緑が多くて癒された。緑色の木々が連なって揺れていれる様子を見て不覚にも涙が出てきそうになった。人生で怖いのはお金とか孤独とかそういうのではなくて、毎日毎日夕日が沈んでいくことだったり、木々が揺れていることだったり、時間がゆったり過ぎていくことだったり、下校中の学生の顔がつまらなそうだったり、そういうものだ。

そこから7時間かけて東京に帰ったでめたし、でめたし。

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机をもらうための交渉術〜机がダンボールの男〜

いつだったか忘れてしまったが机を手にいれた。そもそも論で僕の家には机がなかった。じゃあどう過ごしていたっか言うと「僕の机はダンボール」だっただ。ダンボールでご飯を食べて、勉強をして、物を置いて過ごしていた。

これはやってみるとわかるけれど、死ぬほど安定感がない。でもそんな生活もやり続けると感覚が麻痺してくるのかダンボールにたいしてなにも感情を抱かなくなってくる、あくる日、就職するために勉強をしようと思い立ち勉強をしようと思った。しかし実際問題、ダンボールで勉強するのは死ぬほどやりづらい。図書館でやるのも限界がある。やはりここは机が必要だ。でも机なんて買うと引越しの時にめんどくさいのは目に見えてる。そもそも引越しの時にもってこなかったのは、持ってくるのがめんどくさいといういたって人間的な理由からだ。

ありとあらゆる知識と情報をおりまぜた結果、落ちている机を拾ってくるのが一番いいと考えた。そう決めてからはごみ捨て場に机が落ちていないかを調べるために注意を走らせるようになった。そしてあった!そいつは暑い日差しのふりそそぐ炎天下の日差しの中にあった。わりときれいなベージュの四つ折りの机だ。「これはもらいだ!」そう思った。しかしどうやらその机には処分したであろう人が粗大ごみに出したであろう粗大ごみシールが貼られていた。これを持って帰るのは犯罪だ。それはできない。市の担当部署に「捨ててある机をもらえないか」電話で問い合わせてみた。どうやら捨てた人の許可があればいいとのことだ。捨てた人の住所と名前は粗大ごみ処分シールに書かれている。「これは行くしかない…!」行動にGOサインが出たのだ。

 

ごみ捨て場から近くのアパートだった。正直実際に行くのはかなりビビったし、不安があった。しかしその不安よりも机を欲しいという物欲が勝っていた。いや机が必要という誠実さがあった。呼び出し輪を鳴らし、捨ててある机のことでお話がある旨を伝えて、出てきてもらった。誠実に正直に机をいただきたいという旨を伝えた。すると特に悩むでもなく「いいですよ」という許可をいただいた。ありがとうございますとお礼を伝えると、私は机を抱えて帰って行ったのでしためでたしめでたし。

 

机を手に入れてわかったのは「机超便利!机安定感はんぱない!」ということだった。机は最高だ。なにより足を伸ばしてご飯を食べられる。四つ足最高!さすが営業の会社に入って、営業をせずに会社を去った男の交渉術は素晴らしい。この一件でわかったことは「机が手に入るかどうかは交渉術とは関係なく、捨ててあるのを見つけられるかどうかの運の要素が強い」ということだ。みんなも机を他人から譲ってもらう時は運に任せよう。

コミ障のための会話マニュアル

これがあります。お客さんとは従業員対お客さんという構図だと買い物のコントをしているようでいて案外話せるもんだ。しかし一旦仕事を終えて休憩している時に同僚や上司から話しかけられると辛い。やっぱりコミュニケーションをめんどくさがってしまう。そもそも職場の人間関係にあんまり期待してないから話す気が起きないんです。人見知りの人やどんな人にもフランクな人とは話せるんだけど、体育会系の人や文化系なのに体育会系の人やイケイケな人とは話しにくい。

面接とかでは嫌々明るい人を演じないといけないからこれまた辛い。

とりあえず眉間に皺よせて生きよう。f:id:norane:20170510162126j:image

イトーヨーカドーに泊まってみたい

私のたわいもない夢のひとつ。それがイトーヨーカドーに泊まる事だ。よくね?なんかそういうのよくね?あのイトーヨーカドーの雰囲気よくね?誰もいなくなったイトーヨーカドーに泊まってみたくね?

 

これはクレヨンしんちゃんの大人帝国の逆襲の影響が大きいだろう。イトーヨーカドーのベットの展示を見て、私の脳裏にインスピレーションが走り、ニューロンニューロンがくっつき大脳やら小脳やらを稲妻がかけめぐり思考が決定される。イトーヨーカドーに泊まったらどんな気持ちになるのだろうか?そりゃあ、残業の従業員なんかは泊まり込みですることもあるだろうけど、それは辛いすぎる。

 

あー、泊まってみてーなあー。

会社とか学校の人間関係が嫌すぎる

もうすぐGWですね。みなさんはどのような過ごし方をされるのでしょうか?私はGWをどう過ごすというよりは、人生をどう過ごすかという課題に囚われています。

最近は妥協できる会社があったら受けに行って落ちて安心して帰ってくるというサイクルを繰り返している。この繰り返し無限ループからどうやった抜け出せるだろうかと考えてしまう。

それでも生きるために仕方なく働くんだけど、その職場がつまらないすぎてたまらない。なんでこんなにつまらない仕事を真面目にこなすことができるんだろう?仕事=まともなものという洗脳は日本に根強く残っている。でも証券会社の仕事を知るとまともな仕事ってそもそもなんだよ!って言いたくなる。

会社とか学校の人間関係ってどうしてあんなにも摩擦を嫌うんだろうか。人間と人間が仲良くなるためには喧嘩のひとつてもしないと仲良くなんてなれないだろうに。喧嘩をする中でお互いに傷をつけあって相手のことを理解していって信頼関係を築いていかないといけないめんどくさいものだろう。

それでも大学で出会った人は本当に自分のことを大事にしてくれて人がいて、私も彼らが大事で、彼らのためなら死んでもいいとさえ思ってしまっている。人と上手に仲良くやっていくということは想像以上にハードなことだ。私の人生はなにをしたいかよりも、大事な人間を作っていくかが大事なように感じている。

僕が会社を辞めた理由

今日そんなことを思ったのは、バイト先の塾にしっかりした社員が同じ教室に入ってきたからだ。その人が来たのはつい最近。初対面の印象からハキハキとしていた。教育業界はしょうもないなあと思う人が多いんだけど、その人はキビキビと教室のダメな部分にメスを入れていっている。元からいたダメな社員には言ってもわからねえだろうなあと思っていたことも、そのできる社員にはわりと言うことができた。

 

そんなことがあって会社を辞めたことを思い出した。

 

僕が入ったのは多分名前を知らない人はほぼいないであろう日本一厳しい会社だった。日本独特の古い文化が蔓延していて入って初日で辞めたいと思った。次の日会社を無断欠勤した。その後も辞めたい理由しか見当たらなかった。働きたい理由がゼロなんだ。

 

上司っぽい人もいた。とにかくそういう会社のそういう人の言うことは古臭くて、典型的でなにひとつ学ぶことがない。それにとにかくいい人っぽいオーラを出すんだ。だめなやつだ!典型的なサラリーマンだ!ホリエモン風に言うと「こんなサラリーマンになにがわかる!」だ!

だらだらと無駄な会議。意味のない研修。正論を言ってもわかってもらえない空気。しょうもない飲み会。

なにひとつとして続ける要素がなかった。むしろ辞めたから大阪の岸和田から東京に来れたという利点もある。

ようはサラリーマンの仕事はしょうもないと思ったから辞めたのだ。

辞めてから金なんかなかなか稼げるもんじゃない。これからどうなるかもわからない。でももしあなたに仲間がいるならその仲間と一緒になにかをしたらいいのではないだろうか?目先の楽しいことに集中したらいいんじゃないだろうか。人生なんてどうせ死ぬまでの暇つぶしなんだし。f:id:norane:20170419213847j:image

中二病、8時間以上も働くのは無理だろと思う

もう普通の仕事が出来る気がしない。どうしたらあんなにもつまらないことをずっと続けなければいけないのだろう?ストレスはたまるし、疲れはたまるし、肌は荒れるし、心は廃れるしでなにかひとつでもいいことがあるのだろうか?僕にはわからない。

こうして今もずっとわからないのはひとりで考え込んでいるからだ。仲間がいれば100人力だ。だが現実はなかなか友達ができないという大学生並みの現状が続く。

どうして社会というところは男同士の威嚇が起こるようなところなんだろうか。疲れてしまうなあ。どうにかして自分の生きていける居場所を見つけないとなあー。