痛い中二病の記録

読んで味噌。

こんなゴミみたいなブログに足を止めてくれる方達へ

本当にありがとうございます。わざわざ貴重な時間をつかってこんな駄文を読んでもらっていると思うと感謝感激です!最近のなんてほぼ愚痴か文句しか書いてない気がするけどね笑。良い記事良い記事を書こうとするとなんにも書けなくなってしまうから。

 

近頃はそろそろなんらかの仕事をしないとなーという気持ちが強くなっているんだけど、現実は仕事がとれない日々が続いている。たまに面接を受けに行くけど熱意も意欲もないから通らない。これはある意味、自分にとっての反省の時間なんだと思う。空白期間はこれが初めてというわけではない。大学の時に1年間孤独だった時期がある。その時に比べたら今の無職状態なんてたいして苦しくない。なんでも経験しとくもんですね。

 

最近自分がダメだなーと思うのは、あたりまえのことすらもあたりまえにできないことだ。感謝していても、伝えないと相手に届かないことが理解できていないのだ。感謝は自然に出たものこそが感謝だ!と頑固に考えていて、わざわざ相手に伝えようとするものは本当の感謝じゃないみたいな結末になったりする。ああ、また話がめんどくさくなってきた。

 

とにかくありがとう、そしてありがとう。鯛君もたまにコメントくれてありがとねー!

ネットとリアルの人間関係をバカが考えてみた

ネットはバカと暇人のものがまっさきに頭に浮かんでくる。バイトぐらいでたいしてやることないからネットをけっこーしていたんだけど、ネットには悪意が蔓延していることを肌に感じた。顔文字を使ったり、絵文字を使ったりして感情を書くんだけど、ほとんど自分の意図は相手に伝わらないし、コミュニケーションは成立しない。

ネットの中では自分が主人公で、自分が一番偉くなる。他人のあらを探して他人よりも偉くなったような気分になる。僕が子供の時にネットの環境が近くになくて本当に良かったと思う。ネットなんて子供の時に入り浸っていたら、視野が狭まり世界に絶望して自殺していたと思う。

今の子供の最大の不幸はスマートフォンを持てることかもしれない。あれは確かに情報処理の利便性が高いデバイスだと思う。だけど我々現代人にそんな高度なものが必要なのか?それほどたくさんの情報を処理できるような頭の構造をしているのだろうか?むしろ情報を遮断する能力が必要なのではないか?

スマホを使わずにガラケーを使っている人は実はむしろ最先端の頭を持っているんじゃないかな。

ネットって恐ろしいほどの種類の人がいる。高卒から有名大卒、有名企業つとめ、シンママ。どれだけいい大学出ててもクソ野郎はいるってことだ。

どいつもこいつもバカばかり、そしてそういう自分もバカなんだ。

ゲームばかりするクソガキ、本ばかり読むジジイ

どちらも精神的には同じ気がする。どちらの光景もなんだが異様に感じる。ゲームに時間を奪われているのか、本に時間を奪われているのかの違いでしかないような気がする。

クソガキの時分とジジイの時分、どちらも何かを始めるのは厳しいようだ。だとしたら我々のようないわゆる若者がなにかをしていかないといけないのであるが、なかなかなにもできずにくすぶっているのであった。

誰か詐欺師でない人がいたらお金を利子をつけずにかしてください

本当にお金がない。私は貧乏だ。金をかしてほしい。だがお金ほどやっかいなものもない。大阪のおっさんとのやりとりを思い出す。

 

(わけあって567円ぐらいのお金をおっきぱなしにしてトイレに行っていた)

トイレから帰ってきて私は近くにいたおっさんに向かって

「とってねーやろなあ!」と述べた。

おっさんは怒りながら

「ああっ!」

と返した。

以上だ。

僕たちはいつでも真剣に生きてきた、でもその度挫折を繰り返すのであった

ああ。俺はなんてバカなんだ!どうして俺はいつもいつも同じ間違いを繰り返す、まるで太陽と月が現れては消えるように!

 

そして人は生まれた時も1人、そして死ぬ時も1人。そしてこれからも1人で生きていく運命。平行線が決して交わらないように!

 

ああ、僕たちはいつだって真剣に生きてきた。晴れの日も雨の日も風の日も生きてきた。今日という狂った日まで命のリレーをつないできた。そして記憶を刻み続けてきたけれど、大事な記憶以外は失ってしまった。

 

ああ。そして死ぬ時になっていってやろう。どれだけ私たちが苦労してきたのかを。

世間の無職とかヒモとかへの風当たりの強さは異常

非難の原因は。これひろゆきも言ってたけどほとんど「嫉妬」だと思う。自分は会社を辞める勇気も行動もないから、辞めるアクションを起こせる連中を「クソニートが死ね」って非難してストレスのはけ口にしてるんだと思う。案外会社を辞めた事が人間が日本は多いということをもっと自覚しないといけない。

確かに新卒のレールを外れることは怖いと思う。僕自身なんとか大企業に潜り込んでみたものの、この会社が自分自身の人生にとってなにひとつ大事でないことは入る前から気づいていた。でもなんとか自分を騙してやってきたんだけど、やっぱり無理だった。それにいざやめてみてなんの将来の展望も見えないことに気づいた。ただただ不安だけだった。ぶっちゃけ今だってどうしていいかなんてなにも検討がついてない。東京にいつまでいられるかもわからない、でも田舎に帰ってところで仕事なんてもっとない。

会社をやめてわかることは「会社を辞めても人生は続く」ということぐらいだろうか。辞めた直後というのは本人もダメージが大きくて大変だと思う。でも案外会社なんてやめたところでなんてことないという実感を得られる。そしてもうレールには戻れなくなる。日本の企業というのは新卒一括採用で定年までの終身雇用が根強くはびこっているのだ。せいぜい資格をとって再就職か、勉強して公務員になるかの2択ぐらいしか選択肢はない。

でもだからといって働いている人間が働いていない人間を無条件に非難する理由なんとどこにもない。そもそも働いているのなんて偉くもなんともない。だから働けていない人間は普通以下という図式は成り立たない。ようは、おまえも俺と同じように嫌なことをしろよーというだけだ。

働いていて働いてない人がむかつく人は若いうちに間違えておいたほうがいい。そもそも人生は長すぎる。多分なんだかんだ体がぶさいくになってからのほうが人生は長い。その時にちゅうぶらりんになった自尊心を抱えていても苦しくなるだけだ。とか言いつつも私はなんとか社会復帰を目指している。でもこれを言うと、社会なんてくそなんだから社会復帰する必要なんてないみたいな考えが頭をがんじがらめにする。でも社会参加以外に人との関わりが作りにくいことは嫌という程学んだ。今はその程度の理由で社会復帰しようと考えています。

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無職だしエロ本拾ってみた

家の近くの河原の土手にエロ本が捨ててあった。昨日の雨も上がり快晴が広がる春の訪れを感じる昼下がり。私は無職だった。ふと夕陽でも見に行くと思い立ち近くの河原に腰を下ろした。
そこに物はあった。エロ本だ。雨に打たれたのかページはペラペラになっていた。だが今日の快晴のおかげで本自体は乾いていた。もうエロ本の時代なんて終わったのに、まだこんな懐かしいものが残っているとは…今は動画で一発だもんなー。
持ち主に届けてあげなければいけない。このエロ本を落とした人はきっと困っているに違いない。警察に届けようか…いやそれはおそらく私の感性が間違っていなければ非常識やおふざけの類のことにあたる。
しかしここに捨ててあるとしたら誰かが拾わなければいけない。たまたまその順番が私だったのだ。
私はエロ本を持ち帰った。断じて言うが卑猥なことなど何一つしていないし、他人の持ち物であるエロ本(デスノートルールで所有権は私)を開いてなどいないし、ましてやハレンチなことなど考えていない。
まったくゴミを道に捨てないでもらいたい。
いやしかし中身を確認しておかないと、もしかしたら持ち主の連絡先が書いてあるかもしれない。そうだとしたら私はこのエロ本を端から端まで読まなければいけない。だがどうして持ち主ではなあえ私が他人のものを勝手に見ていいものか?いや見てはいけない。
私はエロ本に付着した石ころを払い、ペラペラになったページをまっすぐにすべく重いものを置いておいた。このエロ本の持ち主が読者諸君のなかにいるのなら遠慮せずに私に知らせてください。何重にもファイリングしたのちに普通の定形郵便でご郵送致します。