痛い中二病の記録

読んで味噌。

虚栄の町

どこの町のことを言っているのかはふせるけど、不満やイライラが募ったから書かずにはいられない。他の町についての不満を書かせてもらいます。怒りや不満を書く原動力に変化させることでしかストレスを発散できないようだ。

赤羽はよくも悪くも人の見栄や嘘がない。そもそも張るような見栄もないのかもしれないし、ついて得するような嘘もないのかもしれないのかもしれない。人から妬まれないというのはなにも持っていない人間の特権だ。だからこそ真昼間から酒を呑んだくれて飲兵衛の町なんて言われているのだろう。ガラも治安もそんなに良くはないけれど、そこには見栄もなければ嘘もない、人間のリアルがあったような気がしなくもない。

赤羽はアクセスがいいアクセスタウンであるがゆえに人が多く、そこは不便を強いられた。でも人が多かったゆえに自由があった。人が少ないと国家や警察組織というものは人をコントロールしやすくなる。厄介者がいれば、そいつを排除してしまえばいいわけだ。ちょうど田舎がそうであるように。今思うのは赤羽いや北区の警察は本当に低姿勢で礼儀正しい人が多かった。虚栄の町と比べるとそれが顕著に理解出来る。それは人口密度の違いがそうさせるのだろう。

虚栄の町は存在する。確かに存在する。いわゆる住むことがブランドだとされるような町だ。住んでいたらオシャレと言われるような町だ。しかしその実態は住んでいることしか取り柄がないという背筋の寒くなるようなリアルが存在する。結局人はどこにいてもその人次第なのかもしれない。環境のせいにするなら引っ越しをしたほうがいいのだろう。ああ、横浜は尊敬に値する場所のように感じる今日この頃。

新幹線で「倒していいですか?」って聞くあれについて。マナーや普通、常識といったものがおかしくなった日本

「倒していいですか?」って聞かれると気持ち悪くなる。新幹線とかの移動中って行きは目的の為にピリピリしてるし、帰りは疲れてイライラしてる。そんな時にくそ常識的を気取った顔して「倒していいですか?」って言われると本当に気持ち悪いしうっとおしい。マナーを盾にして自分の正義を通そうとする精神性が気持ち悪い。黙って座席を倒して後ろの人から舌打ちされて嫌な気持ちになれよ。自分だけは傷つきたくないっていう精神性が腹ただしい。

うっとおしいルール作んなよ。

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期待していなかったら奇跡が起こる

自分の地元や東海地方や名古屋にはあまりいい思い出がなかった。そもそも振り返ってみると良いことが起こるよりも悪いことが起こってくれることによってその街自体を嫌いになろうとしたいのかもしれない。

でも少しひねくれたのが治ったのか、少しはその街を楽しめるようになったかはわからないけど、色々嬉しいことや救われるようなこともあった。

思い引越しの荷物を運んでいたら「大丈夫ですか?」と心配して声をかけてくれる人が名古屋にいた。地元の県にいる大学の友人と一緒に遊んだら地元の街が楽しかった。なんにも期待していなかったのに楽しいって思えるような期待が起こった。なせかはわからない。東京以外にも俺のことを支えてくれる人がいるんだ。このせいでますますどこに住んだらいいかわからなくなった。

 

東京をいったん離れる

破産した。だらだら暮らしてたら案の定破産した。ちくしょう先輩…。やっぱお金はパワーだと思い知らされた。仕方なく行くあてもなく実家に帰ろうとする。最近一つ決まったことは俺にはお笑いしかないということだ。誰がなんと言おうとお笑いをして人生の時間を使う。別にやりたくもなんともないけど、これしかできそうにない。

なのに金が尽きて実家に帰る。はっきり言って時間の無駄だ。なにを恐れているかというとこの勢いの火が消えてしまわないかが心配だ。どうしてこうなる。

東京にいるときは、東京は人が多くて喧嘩も多くて嫌だなと思っていたけど、離れることになってこの3日間悲しくて仕方ない。俺はこんなにも赤羽や王子や川口を気に入っていたのか。

でも立ち止まるわけにはいかない。決意だけ強くしていることにも意味はない。でもやっぱ東京離れたくねーなおい!

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冬がさびしくなる理由

冬は気温が下がる。気温が下がると人間の体の機能は低下していく。一方で人間の心の機能は上昇していく。体は動かなくなるのに心は豊かさと平穏を求める。心と体のバランスがひたすら悪くなっていって不調におちいる。そういったメカニズムだ。ま、うそだけど。

長く仕事をすると怖がらせるために威嚇する。理由は他の人にやらせてその才能がインチキでないことを悟らせないため。才能は経験から開花するからだ。

ぼくたちはかしこくない

人間だけが特別な存在のように感じる。自分という人間は特別に思える。自分という人間にしか視覚はないし、感覚はないから他の生物のことを知りようがないからだ。どうして裸で猿をやっていただけのぼくたちが今では勉強なんてして賢い、賢くないを判断するようになったんだろう?

こんなにも大きな脳を、頭でっかちになりながら運びながら、昔は生き延びるために他の動物を罠にかけようとしていた。今では同じ動物である人間同士が罠のかけあいをしている。

ばかばかしいと思わないだろうか?そう、ばかなのだ。ぼくたちはかしこくないのだ。ホントは自分たちがしていることがよくわかっていないのだ。そもそもなんでビッグバンが起きたら地球が出来てきたんだ?なんでビッグバンが起きたんだ?そもそもビッグバンってなんだ?わけのわからない造語や想像を使って誤魔化して嘘を作ってきた。ほんとはなにもわからないくせに。だんだんわからなくなってきたんじゃない?ねえ?

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